雌伏期間

杜仲茶事業の終わり

杜仲事業はその後も順調に続きましたが、平成14年夏の終わりにひとつの大きな変化が起きました。造船不況後、様々な新規事業に取り組み、生き残りを図ってきた日立造船でしたが、アジア諸国の工業化や円高など日本経済を取り巻く経済環境の大きな変化の波を受け、本業の造船事業の切り離しも視野にした大規模な事業計画変更を始めたのです。
その中で経営資源の集中化という論理のもと、コンシューマー事業であった「杜仲茶」と、やはり異業種参入で成功した日立造船のインターネット宿泊予約サイト「旅の窓口」の事業が他社(現:楽天トラベル)への事業譲渡による再編の対象となりました。杜仲茶の譲渡先は小林製薬でした。

因島最後のスタッフ(平成17年3月末)
因島最後のスタッフ(平成17年3月末)

ちょうどその頃、小林製薬は健康食品業界への参入を推進しており、特にトクホ事業の取り込みを精力的に進めていました。トクホ事業を求める小林製薬と杜仲事業の譲渡先を探す日立造船との間で、トントン拍子で話は進み、平成15年2月には事業譲渡が決定されバイオ事業部のスタッフは多くがそれぞれの道を選び別れて行くことになりました。

最終的には日立造船に残存したのは後に紹介するNEDOプロジェクトを推進していた数名のみとなりました。小林製薬への業務移管は2年間をかけて行われ、平成17年3月末をもって日立造船の杜仲茶事業は閉鎖となりバイオ事業は終わりを迎えました。

大阪大学へ

大阪大学移転当時の研究室
大阪大学移転当時の研究室

日立造船に残ったメンバーにとって、事業体制を失った後の研究開発は極めて辛い状況になりました。
小林製薬への事業移管期は粛々としてNEDOによる国家プロジェクトの研究を推進していましたが、会社の経営方針の転換により徐々にバイオ事業部発足の地である因島での事業、研究開発の継続は困難な状況となりました。
その中で平成17年4月に当時の共同研究先であった大阪大学の小林昭雄名誉教授の支援により、大阪大学吹田キャンパスにある先導的研究棟の5階にトチュウの研究をするための50平米ほどの実験スペースを得られることになりました。
ここに場所を移してトチュウの研究を続けられることになりましたが、同時期は会社の経営状況が厳しく開発予算もほとんどない状況でした。会社の資金が難しいため研究を続けるためは外部から研究資金を獲得する必要に迫られ、小林製薬のトクホ申請やダイドードリンコのトクホ開発の請負などにより資金を得て研究を続けるという雌伏の時代を迎えることになりました。
しかし、この雌伏期間こそが基礎研究のベースを充実させて深度化させる機会となり、次へと進む足がかりとなったのです。